ジンジャーエール

辛口エールで一杯ひっかける

なぜ人は自分のキャリアを過度に会社と結びつけるのだろうか

こんなまとめがあったので軽い気持ちでブクマしました。

togetter.com

100文字で言いたいこと全部伝える技術が無いのは自覚していますです。

「給料分は働きますよ」とか言う部下がいるんだけど、そんな意識で大丈夫?って心配になる。給料分以下の働きできっちり満額ふんだくるくらいじゃないとしんどくない?

こういうの真に受けて仕事する意義を低く見積もると5年後10年後のキャリアに跳ね返ってくるから気を付けたほうが良いよ/自分がサービス受ける際こういう考えの人に当たったときに許せるかどうか、よ

2022/02/12 10:41

ただ、僕が本来言いたいことと全く逆の解釈をする人がいて結構驚いています。

 

社畜、奴隷根性、やりがい搾取、意識高い系…僕のコメントを読んで、こういう風に感じた人が一定数いるようですね。

 

僕が言いたいのはむしろ逆で、自分が仕事をする意義を低く見積もってしまうと結局は労働市場で安く買い叩かれてしまいそれこそ単なる搾取されるだけの身になってしまうから気をつけようね、ということです。

 

自分のキャリアは自分のもの

ごく当たり前の話ですが、自分のキャリアは自分だけのものです。会社のものではありません。だから会社が気に入らなければどんどん転職するのはアリです。でもね、転職っていったってただ単に職を変わるだけじゃあ芸がないじゃないですか。

 

どうせ転職するなら、給料とか職務上の地位や権限、労働時間とかの労働条件を向上させるほうが良い。そうすると”給料以下の働き”しかしてないと低賃金・低スキルのままですから、いざ転職!というときに武器にするものがない。

 

それでは自分自身を安く買い叩かれるだけです。自分を高く売り込みたいなら武器は人より良いもの、あるいは考えられる限りたくさん持っておいたほうが絶対に良いです。

本当に「給料以下」の働きが可能な人

何をもって給料相当、とか給料以上以下と判定するかっていう問題はありますが、それはひとまず置いておいて。現実社会で本当に「給料以下の働き」でも首にならない人ってどれくらいいるんでしょうか。

 

まず考えられるのは正規雇用の公務員。まあ安泰ですよね。よほど犯罪的行為をしない限りは解雇されない。多少問題行動があって閑職に回されることはあっても、自ら辞めなければ世間と同程度の水準の給料は保証されます。

 

それから、大企業や中小企業でも賃金水準の高い企業で役職に就くことなく中年を迎えた人。これはその企業の賃金制度が日本によくある年功序列的な設計になっている場合に限りますし、なにより民間企業の場合は業績不振で希望退職募集(応じろよ、という圧)、リストラに追い出し部屋はたまた倒産による突然の別れというのも考えられるので定年まで「給料以下の働き」で勤務を続けることは完全には保証されていません。

 

そう考えると本当に「給料以下の働き」ができる人はかなり限られています。なので、余計に「給料以下の働き」で丁度良いという言説を真に受けるのは危険です。

 

あとこういう言動をする人は、本当は能力が高くて一定以上の給料を受け取っている場合もあります。能力以上のものを過度に求める企業に対する皮肉で言っていることも考えられます。となるとなおさら鵜呑みにして自分のキャリア形成を放棄するのは危ないですね。

意識低い系という罠

なんか世間的にはいわゆる意識高い系を馬鹿にする風潮がありますね。かくいう僕も意識だけ高い系は馬鹿にしてますです。はい。行動が伴わない、愛読書は偉人の名言集(抜粋版)みたいな連中には反吐を出すのももったいないので出しませんという程度には嫌いです。

 

一方で働いたら負け、みたいな意識低くしてやっていこうぜ、みたいなのも嫌いです。

 

働く意識なんて人それぞれだとは思います。仕事なんて生活の糧を稼げればよい、というのも生き方の一つとして尊重されるべきです。家族や趣味が大事で仕事は二の次。うん。全然ありだと思います。

 

それと同じくらい、仕事が趣味ですというのも認められてしかるべきだと思います(ちなみに僕は仕事が趣味とは思っていません)。それなのになぜかワーカホリックというのは馬鹿にされがちです。

 

でもイノベーション起こすときにはだいたい過重労働だし、イノベーションとまではいかなくても業務が立て込むときには残業せざるを得ない。それまでを否定してとにかく「働きたくない、意識低くいこう」というのは正直よくわからないです。

 

別に同僚やチームに迷惑がかかるからそういうのやめようよ、というのではなく、単純に働く意味あるのそれ?と思ってしまいます。たとえば8時間の所定労働時間のうち4時間しか働かなかったぜ、みたいな。その4時間ですら無駄な時間じゃないの、それなら生活保護でも受けたほうがよくない?と感じます。日本の福祉に幸あれ。

 

もし意識を低くして適当に働くクセが身についてしまった場合、会社で何かあって転職したいと思っても労働市場でつらい現実を味わうことになります。そうなると待っているのは中高年になってから本当の意味で会社の奴隷になる道です。もうそこにしがみつくしかない。

 

繰り返しますが、低賃金低スキルで働き続けることを決めている人は良いです。仕事以外に人生の目的があって、どんな仕事人生を歩むかを自分で決定しているからです。そういう腹の括り方をしている人は世間がどう、とか全く関係ないので強いですね。

 

他方変なのに感化されて頑張っている人を冷笑するキャリアを歩んだ人は結局のところキャリアを自分自身ではなく外部のなにか(価値観とか見栄とか)に依拠している点では彼らが小馬鹿にする社畜と何ら変わりません。

 

そして社畜はそれなりに経験や人脈を積めるという点では、冷笑系意識低い系よりも幾分かは(わずかだけれども)ましな存在です。中高年になったときに積み上げたものがない人はマジでヤバいですよ。

会社に依存しない生き方

もちろんここまで書いてきたことは、頑張ればその分報酬その他でちゃんと報いてくれる人事制度が整っている会社であるという前提です。そんな会社どこにあるんだよ、といわれるかもしれませんが、もちろんあります。

 

上記まとめの人気ブクマでも「そんな会社ない」と言い切っている人がいますが、企業の人事コンサルとしていろんな企業を見てきている経験からするとそんなことはないと言えます。

 

働きがいも報酬も満たしてくれる企業は確かに存在します。そんな会社はない、というのは単に観測範囲が狭いだけでしょう。動物園で象を見て地球上のすべての象を語るようなものです。

 

元のツイート主も会社に依存してはいけない、という意味であのようなつぶやきをしたのだと思います。ただ、これは僕の予想ですが、ツイート主はある程度自分の能力を冷静に評価でき、現在の給料その他の労働条件も比較的悪くないからこそ「給料以下の働きくらいでちょうどいいんだ」とあえて言ったのではないでしょうか。

 

自分の現在の力を正しく見積もったり、労働市場における自分の価値を知っていることからくる余裕だとも言えます。

 

なのでそうした能力がない人があのツイートを真に受けてしまうと将来痛い目に合うよ、と言いたい。会社に依存しないというのは、いつでも自立(転職)できるほどの準備を日ごろからしておくという意味でもあります。単にさぼってやろうということではありません。どうもそこのところを勘違いして、そのままの自分でいいんだ、という甘えのようなものをふんだんにばら撒いている人がブクマに結構いて驚いた次第です。