ジンジャーエール

辛口エールで一杯ひっかける

モテは男の原動力

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「僕、サッカーがしたい」

 

唐突な申し出に微かな戸惑いを覚えた。仕事が早く終わり特に予定もなかったのでいつもより早く帰宅。久しぶりに家族全員で食卓を囲んでいた時のことだ。週末のカレーを口いっぱいに頬張りながら、長男はおもむろに決意表明をしだした。

 

「僕、サッカーがしたい」

 

さて、どちらかというとこれまでは僕の方が長男に「サッカーしてみない?」と聞いていた口だ。しかしながら長男はサッカーにそれほど興味を示してこなかった。友達が野球をやっていると聞けば自分も野球がしたい。やれ書道を習っている子がいると聞けば書道をしたい。そうした主体を持たないキョロキョロとした習い事願望をこれまでは持っていたが、サッカーに関してはついぞ話をついたことがない。珍しいなと思っていると妻が解説してくれた。

 

どうやらバレンタインデーでクラスメイトのサッカー少年がチョコレートを女子からもらっていたとのこと。長男はそれが羨ましかったらしい。子供というのは実に単純であり不純でもある。「ボールは友達ではないのか…」と不純な動機に大人サイドの、翼くん的な怨念をのせてはみたものの自分からやってみたい、というのは良いことだと思いいくつかのクラブを当たってみることを約束した。

 

しかし、小学生にしろ大人にしろ男というのはやはり根本的な考え方が共通するようである。何かを始める動機はモテるため。古今東西あまねく知られる真理だ。とっかかりはそんなものでもやっていくうちに面白さを見出すだろう。まずはなんでも始めることが肝心だ。ものになるかも知れないし、下手の横好きで終わるかも知れない。どちらにせよ自分自身でやってみると決意することが大切だし、たとえ女子にモテたい、チョコが欲しいという動機であろうと構わない。いやむしろ頑張れというべきか。そりゃ誰だって異性にモテたいという願望を抱く時というのがある。

 

少し不運なのは、長男はずっと水泳を習っている点だ。小学校に上がったばかりの昨年の夏のプールでは少しばかりではあるが泳げる彼はクラスの中でちょっとした英雄であったらしい。ほとんどの子供は顔を水につけるのも怖がっている有様だったという。まあそんなものだろう。しかしながら夏の日の栄光は蚊取り線香のように心細い。あっという間に忘れ去られるのである。かくして冬の時期には泳げることには価値観を見出されづらくチョコレートには結びつかない運びとなる。他の子供に先んじて泳げるというプチ優越感に浸る夏のプールで得たものといえば、少しばかりの拍手と水鼻である。

 

ボールを追いかけたいのか、女の子を追いかけたいのかはわからないが、ひとまずサッカーがしたいと言う彼の欲求を叶えてやることにしよう。

モテは男の原動力なのである。たとえ親でもそれを止めることはできない。

とてつもなく厄介な不滅の永久機関だと言えるのではないだろうか。