ジンジャーエール

辛口エール

ニシローランドゴリラ殺人事件

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ゴリラなのに殺人って書いちゃってるよ。

タイトルの時点で破たんしている気もしますが細かいことは気にせず(ワカチコ)進みます。

絶滅危惧種であるニシローランドゴリラ(名前が長いので以下勝手にニシゴリと略す。当然だが錦織圭選手とは何の関係もない。それにしても全仏は残念だった)を悲劇が襲いました。

 

米動物園、囲い侵入の男児救助のためゴリラを射殺 是非問う声も (ロイター) - Yahoo!ニュース

 

僕はこのゴリラを射殺するという結論は、もちろんゴリラにとっては災難で迷惑な話でありとても気の毒で胸の痛む思いだが、それでもやむを得ないものだったと考えます。

それはなぜか?

僕が人間だからです。囲いの中に落ちた男児を助けるためにそうするしかなかったのであれば仕方がない、と。

だからもし逆に僕がゴリラだったらメチャクチャ激怒しますね。ゴリラの立場なら「人間の子ども?知らんがな」ってなります。

そういう立場の違いがあることをまず理解しないと。結局地球上の生物は自分たちに与えられた“生”をただ生きているだけですから。もちろん人間は他の生物よりその点のエゴが大きいことが問題でもあるんですが。

 

この件に関し動物愛護団体が見解を出していますね。

「ニシゴリは温和な性格で、挑発されない限り攻撃的になることはない」

射殺の正当性に疑問を投げかけています。あるいは男児の側に問題があったのでは?ということを窺わせる様な声明です。

でもちょっと待って欲しい。本当にそうなのかな?

「温和な性格で~」っていうのはニシゴリが自分で言ったのか。

「ワシら争いを好まんさかいに、自分からはようケンカもせぇへんで」って(僕は関西に住んだことがないのでメチャクチャな関西弁化もしれませんがご容赦ください。何で関西弁かって?ただの雰囲気でおます)

 

結局のところこれは人間が勝手にニシゴリはこういう奴だろうって決め込んでるだけじゃないでしょうか。温和な傾向があるにせよ、絶対的な断定なんてできないと思うのですが。それこそ人間の自然に対する思い上がりではないでしょうか。

 

それから署名サイトで「男児の両親に監督を怠ったことの責任をとらせる」運動が始まってることに至っては全く持って意味不明です。ただの私刑で、気味の悪い集団リンチです。

署名する人たちはどうしたいのでしょう?責任を取るって?損害賠償させるの?

ニシゴリは絶滅危惧種で値段なんか付けようがないでしょうが、少なく見ても数千万円単位になるでしょう。普通の家庭なら破産だよ。

あるいは両親がプレッシャーに耐え切れず自殺でもすれば満足するの?

どちらにしろせっかく助かった男児にとっては家庭崩壊の地獄だよ。詰め腹を切らせる切腹ショーが見たいだなんて悪趣味だ。正義(と当人達が思い込んでる)の押し売りほど迷惑なものはない。例えばお腹いっぱいのかばおくんに対してアンパンマン「あぁ!?腹一杯だ?てめぇ俺のアンパン食えねーっつうのかよ!?」と無理やり口に押し込むのはどうみてもアウトでしょ。いやアンパンマンは絶対そんなことせーへんけどな。

 

動物愛護団体にしろ“責任とれ”署名運動にしてもその根底にあるのは「自分たちは無条件で絶対的に正しい」という思い上がりです。正義と悪なんて紙一重だし、一人の人間の中に善もあれば悪もあります。だいたい生まれてこの方故意にしろ過失にしろ全くの無意識にしろ他の生物を傷つけたことのない人間なんているんでしょうか。そのことを忘れて自分だけは罪のない天使のフリをするのはとても滑稽ですね。

正義をザックリいうと秩序と公正でしょうか。

集団ヒステリーでリンチにかけるのは秩序のかけらもないむしろ混沌だし公正さの点でも大いに疑問なのは言うまでもないでしょう。 

つまり彼らの言う正義はただの娯楽

そして僕らの進む先にあるのは堕落

思い上がった人類の進む先には奈落

それでも止められない人を叩く快楽

歌丸disって座布団持ってかれる圓楽

 

急に韻を踏んでみました。クソしょーもないけど座布団下さい。