現金給付が二転三転している。無能が決定権を持つと何も生まれないことがよくわかる。
恐ろしいことに最初はマスクとお肉券・お魚券だった。
それが超限定の30万円になった。
ようやく一律10万円給付になりそうだ。
と思ったら麻生太郎が「手を上げた人」に給付すると言い出した。
基本的に安倍晋三も麻生太郎もボンボンで家柄だけが取り柄のバカだ。日本憲政史上でも有数のアホである。それは間違いない。漢字も碌に読めないしおそらくまともに学問に取り組んだこともないのだろう。お友達と飲み歩くことにかけては人並み以上。理念も信念もなし。それくらいのバカである。
日本が未曾有の危機にある中にあって権力のワンツーがこのアホたちであることは非常に不幸である。
現金給付は経済対策ではない。給付金を握りしめ、街に出て買い物しようぜ!なんてわけではないだろう。
むしろ「家にいろ!出歩くな!」という意味であるはずだ。
しかし安倍や麻生はなぜか景気対策だと錯覚している。
いま必要なのは贅沢品の購入ではない。生活に必要なものを購入できればそれでいいはずである。
その生活に必要なものを揃えることさえ休業や解雇、雇い止めによって困難になった人たちがいるわけで、そういう人たちを救わなければならないお金である。
国破れて山河ありーーそんな悠久の歴史に想いを馳せているのだろうか。
あるのは僕悪くないもん!というまるで幼児のような責任転嫁と駄々こねと災厄としか言いようのない傲慢さだけである。
安倍も麻生もこの未曾有の危機に碌な対応だできなかった無能として歴史に名を刻むだろう。
国破れて山河だけありになってしまう。
ほんと美しい国、とてつもない日本だことですね。
いま必要なのは生活必需品(と本や映画などほんのちょっとの文化的な香りのするもの)であって決して黄金の茶釜などではない。
今がどういう状況か、何が必要でどのような決断をしなければならないのか、危機を脱するためにどうするべきかなど安倍や麻生の言動からまったく見えてこない。
ノープランでその場しのぎじゃないのかと疑ってしまう。
10万円の給付が決まったら僕は手を上げるよ。もちろん自己申告する。
それをどう使おうが、貯蓄しようが、寄付しようがそれはこちらの自由である。
そして次の選挙は必ず行く(そもそも毎回行ってはいるが)。
選挙については行く行かないの自由はないと思っている。民主主義国家に住む以上、それは義務だ。行くの一択しかない。
そして存分に自分の日本国民としての投票権を行使する。
安倍や麻生がいない世界が実現するように。
ちゃんと困った人の「困った」に向き合い解決するため全力を尽くす政治が実現するように。
いま政治に興味がない、選挙なんて行っても意味がないと思っている人がいたら考え直して欲しい。
政治に興味を持つべきだし、選挙には意味がある。
ほったらかしにした結果安倍や麻生のようなアホが好き勝手やるのを許してしまったのだ。
選挙で変わるのは沖縄やその他の少数の自治体で証明されている。
だから給付金に手を上げて、選挙に行こう。