先日ツイッターをなんとはなしに眺めていたら、フリーランスのデザイナーが独立した時のライフハックを紹介していた。会社を辞めて独立開業するとなると色々と大変だ。特に最初は収入が少なく金銭的にきつい思いをする。なので、できるだけ支払うものを減らしたいというのは当然だろう。
世の中にはその手のライフハックというか経験者は語るみたいなのが溢れている。しかし中には「それちょっとまずいんじゃないの?」というのもある。ネットに書いてあることを全て鵜呑みにするのは危険だという話をしたい。
さて、僕が先日見たツイッターの内容にはこういうことが書いてあった。
「会社と交渉して会社都合退職にしてもらった」
雇用保険に加入して、一度でも失業等給付を受けたことがある人ならわかると思う。一般的に会社を退職するにあたって、自己都合退職なのか会社都合退職なのかは大きな違いとなる。
自己都合退職とは、言葉の意味そのまま。“一身上の都合で退職します”というやつだ。他にもっといい仕事が見つかったとか、会社にどうも合わないとか単にその会社での仕事に飽きたとか自分の都合で労働契約を解消することを言う。
それに対して会社都合退職は、会社からの働きかけ(またはそれに類するもの)により退職を余儀なくされた場合をいう。例えば解雇。これは会社から一方的に労働契約の破棄を告げるもので会社都合になる。それから退職勧奨を受けた場合。解雇とは違うが、「もう君の居場所ないから辞めたら?」と促すもの。その他に契約社員が雇い止めにあった場合とか、パワハラセクハラなどにより退職せざるを得ない場合も会社都合に該当する。
じゃあ自己都合退職と会社都合退職で何が違うのか?雇用保険に加入していれば、退職後失業等給付を受けられる。次の就職先が決まるまでの生活保障というわけだ。そのためにハローワークに書類を一定の書類を出すのだけれど、その書類に自己都合退職とあるか会社都合退職とあるかで受けられる給付の内容が全く変わってくる。
自己都合退職の場合は、よく知られているようにまず失業等給付を初めて受けられるようになるまで3ヶ月間の給付制限期間がある。退職後すぐに失業等給付を申し込んでも3ヶ月間はもらえないというわけ。これは自分の都合で退職したんだから、まずはすぐに就職先を見つけて働いてね、ということである。
会社都合の場合はこれと異なる。何しろ本人としては働き続けるつもりだったのに、会社の一方的な都合で退職を余儀なくされるわけだから手厚い保護が必要だ、という考えに基づく。この場合は7日間の待機期間を過ぎればすぐに失業等給付の申し込みができおおよそ1ヶ月後には最初の給付を受けられる。3ヶ月の待機期間と1ヶ月後に給付を受けられる。全然違うよね。
さらに給付内容も異なる。
下の図は特定受給資格者または一定の特定理由離職者に該当する場合。
特定受給資格者とか特定理由離職者というのはざっくりいうと会社都合で退職した人。
(ハローワークインターネットサービスより)
次にいわゆる自己都合退職の場合の給付日数を見てみよう。
うん。だいぶ違うというのがわかると思う。
例えば35歳の人が新卒で入った会社を辞めてフリーランスになるとする。
自己都合の場合は全年齢共通の給付日数となる。あとは勤続年数(被保険者であった期間)で給付日数が決まる。この場合だと「10年以上20年未満」なので120日となる。ほぼ4ヶ月間分の手当を受けられることになる。もっとも前述の通り最初の3ヶ月間は給付制限期間となる。
これに対し会社都合退職の場合はどうだろうか。こちらは上の表を元に当てはめていく。退職時の年齢が35歳であれば35歳上45歳未満の区分に該当する。そして右に移動し、勤続年数が10年以上20年未満の欄を見てみよう。
…!
……!!
240日!!!
なんと受けられる日数は自己都合退職の場合の2倍になる。およそ8ヶ月間、言い方はあれだけど働かなくとも給付を受けられる。じっくりと腰を据えて就職活動に励むことが可能だ。あるいはフリーランスとして開業するのであれば、自己都合時よりは受給額が多くなるので、最初の仕事が安定しない頃には大きな助けになるのは間違いない。
実はこういった相談を受けることが時たまある。ほんとは自己都合なんだけど会社都合にして退職したいんだけど?的な。冒頭で述べたように、僕が流れてきたツイートにはてな?となったのもそこだ。「会社と交渉して会社都合退職にしてもらった」と書いてあったのだ。
しかし、これはしてはいけないやつだ。本当に会社都合退職なら何も問題ない。正当に保険給付を受ければいい。しかし実際は自己都合退職なのに、会社と示し合わせて会社都合退職ということにするのはダメだ。
端的にいうと、詐欺に該当する。
だって普通に考えてみてよ。雇用保険も保険給付であることに違いはないんだよ。民間の保険でも理由を偽って保険給付を受けようとすると詐欺になるでしょ。複数人がグルになって自動車事故を装って保険会社から保険金を騙し取ったとか、わざと建物に火をつけて火災保険を騙し取るとか報道されるよね?それと同じなんだ。民間と違い、公的な保険だからといって何をしてもいいわけではないだろう。
要は不正受給に該当するということだ。こんなものはライフハックでもなんでもない。だって犯罪を助長しているわけだからね。雇用保険法では次のように定めている。
(返還命令等)第十条の四 偽りその他不正の行為により失業等給付の支給を受けた者がある場合には、政府は、その者に対して、支給した失業等給付の全部又は一部を返還することを命ずることができ、また、厚生労働大臣の定める基準により、当該偽りその他不正の行為により支給を受けた失業等給付の額の二倍に相当する額以下の金額を納付することを命ずることができる。2 前項の場合において、事業主、職業紹介事業者等(雇用対策法(昭和四十一年法律第百三十二号)第二条に規定する職業紹介機関又は業として職業安定法(昭和二十二年法律第百四十一号)第四条第四項に規定する職業指導(職業に就こうとする者の適性、職業経験その他の実情に応じて行うものに限る。)を行う者(公共職業安定所その他の職業安定機関を除く。)をいう。以下同じ。)、募集情報等提供事業を行う者(同条第六項に規定する募集情報等提供を業として行う者をいい、労働者となろうとする者の依頼を受け、当該者に関する情報を労働者の募集を行う者又は募集受託者(同法第三十九条に規定する募集受託者をいう。)に提供する者に限る。以下この項及び第七十六条第二項において同じ。)又は指定教育訓練実施者(第六十条の二第一項に規定する厚生労働大臣が指定する教育訓練を行う者をいう。以下同じ。)が偽りの届出、報告又は証明をしたためその失業等給付が支給されたものであるときは、政府は、その事業主、職業紹介事業者等、募集情報等提供事業を行う者又は指定教育訓練実施者に対し、その失業等給付の支給を受けた者と連帯して、前項の規定による失業等給付の返還又は納付を命ぜられた金額の納付をすることを命ずることができる。3 徴収法第二十七条及び第四十一条第二項の規定は、前二項の規定により返還又は納付を命ぜられた金額の納付を怠つた場合に準用する。
(e-Gov法令検索より)
偽りによって受けた金額を全額返せ、と。それだけじゃない。受給した額の2倍の額をペナルティとして差し出せと命ずることができるのだ。いわゆる3倍返しです。半沢直樹どころの騒ぎではない。 半沢直樹では大和田常務は土下座をさせられた。あれは私的な復讐であったけど、こちらは公的な機関に対する犯罪にもなりかねない。果たして土下座で済むのだろうか。
何より転職にせよ、フリーランスになるにせよ新しい人生の門出でいきなりつまづくことになる。
僕がそうした相談を受けるときは上記内容を説明し、即座に却下している。実は会社側の人間が良かれと思って会社都合にしてあげようとする場合も結構あるのだ。その方が本人にとってお得だからと。または社員から(本当は自己都合退職だけど)会社都合退職にしてほしいと要請されて、あまり深く考えずに受けてしまうケースもある。どちらも理解不足からくるものだ。ひどいものになると、会社都合の方が得なのだから会社と交渉しようという間違った情報を堂々と載せているサイトもある。ネット上で流れている情報を鵜呑みにするのは危険だという良い証左だろう。
ライフハックを真似するときは、それが再現性があるものなのか、法的に問題がないかなど裏を取ることを忘れないようにした方がいい。少なくともフリーランスとして生きていこうというのであれば、それぐらいの慎重さは必要である。