ジンジャーエール

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センター試験の国語は199点

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杉田氏のLBGTへの人権侵害事案にあらたな参戦者が出た。

杉並区議会議員の小林ゆみ氏である。

杉田氏の例の論文(と呼ぶにはなんら統計的な根拠も法的な根拠も明示されていない、端書のようなものではあるが)をアブソリュートに擁護している。

曰く杉田氏への批判者は一部の「文脈」だけ「切り取って」まるで揚げ足取りのような批判をしていると。それはまったく筋違いで、デタラメであると。

“生産性”という表現は穏当ではない、としつつも“生産性”は“子どもを産めるかどうか”という意味で使っている、意味自体は間違ってないという趣旨の擁護をしている。

 

子どもを産めない=生産性がない=生産性がないのに税金を使って支援するのはおかしい、というのが杉田氏の主張の背骨ではないか。それに対して子どもを産めるかどうかで価値のある人間かどうかが決まるのはおかしい、と批判が起きているわけだが。

それはどういう言葉を使ったかの表現力の問題ではない。

基本的人権を侵害し、特定の属性の人への嫌悪や憎悪を煽るし思想こそが批判されているはずだ。

しかし小林ゆみ氏は、杉田氏の思想自体は間違ってない、と擁護しているようだ。

 

今回の一件で間違いなく小林ゆみ氏の名前は売れた。

ほとんどの人は道端でガムを踏んづけた時のような気持ちだろう。

しかし一定の層には、まさに姫のように見えるのではないだろうか。稲田朋美氏が“朋ちゃん”などと呼ばれているようにネトサポあたりから“ゆみたん”とか言われるのだろうか。若いし、容姿端麗。東京外大卒の才媛。次世代の姫だね。

なんか見えるぞ。安倍首相が「素晴らしい!」と絶賛して次回の参院選辺りで担ぎ出すのが。「ゆみたんはセンター試験の国語で199点も取った才媛でもある!」とかなんとかね。

 

そう。センター試験で国語で199点も取っているのである。

SNS上で「読解力ないの?」と問われ「センター試験の国語は199点でした!」と無邪気に答えている。しかしよくわからない。「読解力ないの?」と問われ過去の試験の点数を答えること自体が読解力のなさを表しているように思えるのだがどうなのか。だいたいセンター試験の国語と読解力の高さにどれだけの相関関係があるというのか。なにより日本国憲法に対する読解力が著しく不足している点で、あまり頭が良くn

 

私見だけど、こういう過去の栄光をひけらかす(センター試験の国語で199点をとったことが栄光と呼べるかどうかは別にして)タイプの人には知性を感じない。

現に小林ゆみ氏のツイッターを見てみたらセンター試験で199点は誤り、と指摘され198点でした、と訂正していた。漢字を一つミスったとも書いていた。小林ゆみ氏は現在29歳。およそ10年も前に受けた試験の点数やどこを間違ったとか、事細かに覚えているものですかね?1年前の試験の結果すら覚えてない僕の物覚えが悪くて、普通に頭のいい人はそういうデテールを覚えているものなのだろうか。

 

まー、僕の頭のキャパシティがコンパクトシティなのは認める。

でも10年前のセンター試験のどこをどう間違ったかなんてのは、ハッキリ言って無駄な情報だと思うのね。コンパクトな脳であるがゆえ、そういった情報をサーブしておく余裕はない。要らない情報は削除して、新しい情報をインプットしていく。これから死ぬまでその繰り返しだろう。

だから10年前のセンター試験の国語の点数や漢字を一つ間違ったなんてことを覚えているのはよほどのストレージを持ってるか、情報がぜんっぜんアップデートされてないかのいずれかなんじゃないかと思う。

 

学校の試験的な意味での頭がいいということと、知性とはまた別の話であるということの格好の見本であるのかもしれない。そういえば杉田氏もまた高学歴だな。

高学歴を否定するわけじゃないけれど、オウム真理教を見てもそうだが、高学歴が優れているとも限らない。親が許認可事業とか助成金事業とかの決裁権者だったりすると「あと5点、10点なんとかならないか」何てこともできちゃうわけだから。

 

杉田氏や彼女を擁護する自民党の諸先輩方(大臣クラス含む)や小林ゆみ氏は生産性のないLGBTに税金使っての支援を疑問に感じているようであるが、僕は議員として国のためになんら生産的な活動をしているとは思えない人たちに議員報酬という税金を投じることに疑問を感じている。そう思う人達が増えればましな議員が増えるかもしれない。一連のLGBT人権侵害事案にひとつ希望を見出すとすればそういうところだろう。

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