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ginger-yell

辛口エール

最底辺から天下を取った物語

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14戦9勝2着5回。連対率100%。

14戦9勝2着5回。連対率100%。

14戦9勝2着5回。連対率100%。

 

素晴らしい。

信頼と安定の実績。

 

ディープインパクト、ジェニュイン、マーベラスサンデーダンスインザダークサイレンススズカスペシャルウィークステイゴールドマンハッタンカフェ、ネオユニバース、ゼンノロブロイスティルインラブダイワメジャーハーツクライetc.

 

独占禁止法違反の疑いすらあるほどの市場独占。

 

激情と熱情と狂気の生涯

ある程度競馬をかじったことのある人なら一度は耳にしたことがあるだろう。

競馬に全く疎いという人でも、上記の名前のうち一つくらいは耳にしたことがあるかも知れない。(特にディープインパクトあたり)

 

いったい何のことか。

 

神に見放された後、自ら神になった馬。

サンデーサイレンス

 

現役時代の戦績は14戦9勝2着5回。驚異の連対率100%。アメリカのクラシック3冠で2勝2着1回の準3冠。しかもイージーゴアというこれまた歴史に名を残す名馬と競り合って得た勝利。決して楽をして勝ったわけではない。

 

そして引退後は種牡馬として一大血脈を築き上げた。日本に種牡馬として輸入され上記の様な馬を産み続けた。日本の競馬を大きく変えたと言っても過言ではない。

産まれる前から勝負は決まっている 

競馬はブラッドスポーツと言われる。何より「血筋」がモノを言う。血筋が良ければまだ1mも走ってない新馬に数億円の値段が付き、逆に無名の血筋であればわずか数百万円で取引される。当然売却後の扱いだって違う。良血馬は大事に大事に育てられ、格安馬は放っておかれる。

 

ではサンデーサイレンスは?

よほどの良血馬だったのか?

 

とんでもない!!

 

当時のアメリカで主流だったのはノーザンダンサー系の血統だった。ノーザンダンサー系に非ずんば馬に非ずというほど隆盛を誇っていた。

そんな中、サンデーサイレンスはたしかアメリカから遠く離れたアルゼンチンかどこかのよく分からない、それこそ文字通りどこの馬の骨か分からない血統の持ち主だった。非ノーザン系のアウトサイダー。だから仔馬の時アメリカで競走馬を売る競り市に出されたが全然売れなかったのも当然である。フローラン・ダバディも通訳を躊躇うほどの駄馬である。おやじギャグでも言わないとやってらんねぇよ、な気分だったに違いない。

 

見栄えのしない馬体に激しすぎる気性。人間で言えばみすぼらしい身なりをして世界を敵に回している様なささくれだった少年か。

 

サンデーサイレンスの苦悩は続く。ウイルス性の炎症にやられ生死の境を彷徨ったかと思えば、移動中の馬運車が横転。同乗していた馬は自分以外みんな死亡する事故に遭う。

20馬身差のスタート 

産まれた時からロクデナシ。とっとと消えちまえと宣告されたような病気や事故。

産まれてこなきゃよかったのか?

この先生きててもいいことないのか?

 

隣の牧場では数百万ドルの値が付いた同期の馬が、愛情たっぷりにブラッシングされ、見たこともないような香しくみずみずしい牧草を食み、奇妙な柄のネクタイ(だけどブランド物のシルク製品でバーニーズで1,000ドルはする)をした太っててよく日に焼けたオーナーと将来の夢を語り合っている。

「ハッハッハ、3冠は当たり前。トロフィーも賞金も全て頂くよ。カネも名誉も思いのまま。引退後は良血牝馬とくっついて俺の一族はますます栄えますよ、オーナー。誰にも渡しはしない。世界は全て俺のもの。ほら見て下さいよオーナー。あの隣の牧場のみすぼらしい馬を。我々サラブレット界の最底辺さ。あんなのと同じレースを走らされるなんて悪い冗談だろう?もし奴が競馬場で『こんにちは』なんて声でもかけてきやがったら蹴っ飛ばしてやるぜ」

「そうさ、お前はあんな1万ドルもしないような下流の駄馬とはクラスが違うんだ」

 誰も自分に価値を見出さないから自分で自分に価値をつける

サンデーサイレンスは信じた。

神などこの世にいないことを信じた。

アイツと俺と何が違う。血が違う。生まれが違う。育ちが違う。教育が違う。クラスが違う。生き方が違う。目標が違う。何かが違う。何かがおかしい。

 

だからサンデーサイレンスは自分が信じられる唯一のものを信じることにした。

それは自分。

 

成長するに従い、競走馬としての類まれな才能を見せ始めた。

ほとんど狂気と言ってもいいくらい荒すぎる気性はしかし、競り合ったら絶対に負けない根性と化す。そして鬼の様な脚力。

14戦9勝2着5回。

クラシック2冠やアメリカ競馬最高のレースBCクラシック制覇。1989年の年度代表馬となり1996年にはアメリカ競馬の殿堂入りを果たした。もはや敵はいない。自分を恐れてカーテンの陰でブルブル震えながら神に祈りでも捧げているのだろう。そんなものは無用だというのに。神など必要ない。生まれも育ちも関係ない。なぜならそれは俺が証明したから。

 

サンデーサイレンスは全てを手に入れた。

同期のボンボンのその後の消息は聞かない。もしかすると缶詰の中にパックされウォルマートの陳列棚に並んでいるのかもしれない。どうだっていいことだ。

 限界を思い知らされる残酷な現実

そして引退ーー

年度代表馬として引く手数多の一流種牡馬。そんな第二の人生への夢はしかしながらまたしても「血」に阻まれた。

 

競走馬としては確かに優秀だったが、あんな貧相な血統は一代限り。偶然の産物だろう。良血牝馬にあてがうなんてとんでもない。

(またしても、血筋か)

サンデーサイレンスは落胆した。

 

もはやアメリカにいても仕方がないと悟った彼はオファーを受けて海を渡った。

日本へ。

想像だにしなかったVIP待遇 

飛行機から降り立ったサンデーサイレンスは眩暈を感じた。

そこには二列に並んで“バンザイサンショウ”をする日本人達がいたのだ。正直に言って“バンザイサンショウ”が何を意味するのかは分からなかった。ただ、熱狂的に歓迎されているのは感じた。体の中に燃えるような高揚感を感じた。こんなことはダービーでも感じなかったというのに。

 

日本に売られた時の値段は1,100万ドルもしたそうだ。仔馬の時わずか1万ドルしか値が付かなかったことを思えば隔世の感だ。

 

その後の種牡馬としての活躍ぶりを書くと10本くらいの記事になってしまうので割愛する。

ただ一つ、かつて非ノーザンダンサー系として辛酸を極めた彼は日本でノーザンダンサー系の種牡馬を駆逐し、サンデーサイレンス系の始祖となった。

 

神に見放され産まれた馬は、神に愛されるのではなく自身が神になることで復讐した。

 はみ出し者で構わない

 時々世の中をひっくり返す偉人というのが出現する。

そして彼ら彼女らはだいたいがアウトサイダーの出身だ。思うに高次元に階級分けされた社会では階級間移動がなく、全ては同一階級間でしか完結しないため、同じような発想しか生まれ得ず結果的に弾力性や刺激のない状況に陥るのだろう。そうして現状を維持することだけが目的の社会は発展性や活気を失いいずれ廃れていくのだろう。そのような時に階級縦断的なモノを生み出すのはプリミティブな力を持っていたり反骨心のある下の階層からだ。現状を打破したいという強烈な欲求は下に行けば行くほど強くなる。

一つのテストとして自分の身の周りを見回したい。自分は自分と似た様な考え方や学歴や収入の人間を周りに置いてないだろうか。もしそうならだいぶヤバイと考えた方が良いだろう。自分の血は活力を失いつつある。現状を維持することに汲々としている証左だ。そんな中で、教科書で手に入る程度の知識や教養を誇ったところで何の価値があるのだろうか。他方、ごった煮の様な人間関係を持っている人は誇っていい。中目黒は書けなくても、中目黒を変えたり、作ったりすることのできる存在はそういう所から産まれるのだから。そういう活力のある血、可能性の塊が、均等な機会を得られるような社会であってほしい。そういう社会にすることが僕ら大人やあるいは“持っている人”に課せられた使命ではないだろうか。少なくとも子どもたちの世代にとっては機会が均等であるように。

 

サンデーサイレンス系もいずれは廃れる。間違いない。

だけどそれは新たな進化のためのステップでもある。

それを阻もうとするような時代が読めない感性では、将来、今まさに蔑んでるようなウォルマートの陳列棚に商品を並べるような低賃金の単純労働にいずれ従事することになるかもしれないね。

少なくとも大企業でさえいつ潰れるかわからないし医師や弁護士のような難関国家資格でも食えない時代だからね。

 

サンデーサイレンスは残念ながらもうこの世にはいない。

想像でしかないけど、きっとこう思ってたんじゃないかな。

「俺は俺の人生を生きた。それ以外に重要なことってあるか?」