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ガトリンへのブーイングは健全性の証

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いつの間にか開催されていた織田裕二劇場。いや世界陸上。

男子100m走でガトリンが金メダルをとったそうですね。見てないので100%ニュースで知ったのですが。なんでもボルトがこの大会を持って現役を引退するとかで有終の美を阻んだ格好になったわけです。

 

で、ガトリンが勝ったことに対して観客からは大ブーイングが上がったと。しかしこれはボルトの優勝を阻みやがって!のブーイングではない。ガトリンは過去に2度もドーピング違反を犯し4年間の出場停止処分を受けてます。ドーピングという不正行為をした選手が勝ってしまったことに対して目の肥えた観客が厳しい判定を下したのでしょう。

 

ま、このブーイングの件に関しては賛否あるようですがね。「もう許してやれよ」とか「ガトリンかわいそう」など同情的な意見もあります。一方で元日本代表の朝原宣治は「一度ドーピングした選手が英雄になることはない」と語っていますし武井壮は「ドーピングは文化や経済を奪う略奪行為。あのブーイングはスポーツの健全性を表すもの」と述べています。

 

僕もガトリンがブーイングを受けるのは仕方ないと思います。

陸上競技については全くの門外漢なのでわからないですが、例えばこれが会社だったら?

粉飾決算とかブラックな体制で従業員を不当に安くこき使って利益を上げているとしたらどうでしょう。これらは経済的なドーピングです。まっとうに商売している人たちからすればたまったもんじゃありません。

内閣支持率減少の要因にもなっている森友学園、加計学園問題。これらも首相とお友達というドーピングを使った疑いがあるからこそ糾弾されているわけですよね。

あるいはカンニングをして大学に受かった人がいたら。そのせいで落ちた人は何を思うか。

 

スポーツだって同じです。

ドーピングをして優勝した選手とドーピングをせずに10位の選手だったら後者の方が尊敬されるべきです。

でも、出場停止を受けたのは過去の話。それなのにいつまでもブーイングをされるのは酷だ。再起のチャンスがあったっていいじゃないか、という考えはどうでしょうか。確かに僕は人間は何度だって再チャレンジできる権利を持ってると思ってます。ただそれは再チャレンジの機会を得られるというだけであって、周囲から敬意を受けられるかどうかというのはまた別の話です。

少なくとも陸上の世界ではいくらその後頑張っても白い目、疑いの目で見られる。ドーピングをするというのはそれだけ重大なことなんでしょう。現役を続けている間は敬意を受けられない可能性がある。それは仕方がない。だってかつては偽りの王冠をかぶり世界から賞賛を受けたのだから。

 

ここで感傷的になって「もうそろそろ許してやりなよ」というのは簡単だ。でも同時に無責任でもあります。今回のガトリンへのブーイングを見てあぁドーピングなんて割りにあわねぇな、と考えドーピングの誘惑を断ち切る選手が出てくればいいと感じます。その意味でもブーイングは必要だった。

 スポーツであれなんであれ勝つためにできるだけのことをするというのはとても大事なことです。

でもそれは(不正を含む)ってことではありません。

 

たとえ今回はガトリンも真っ白だったとしてもかつてはやっちまってたよね?ちゃんと見てるぞ?という意見(ブーイング)を発信できるのは健全な証だと思います。