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辛口エール

現実社会ちほーはツライのだ…のコンビニ店長はなぜハゲでメガネなのか

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先日スマートニュースでアニメ「けものフレンズ」の登場キャラクターのアライさん(アライグマを擬人化したもの?)がアルバイトする…という漫画が話題になっているという記事を読みました。で、漫画も読んでみました。

結論から言うと読んだ感想は「この漫画を描いた人は働いたことがないのかな?」というものです。

アライさんとは?

まず僕はアニメ「けものフレンズ」を見ていません。そういうアニメがあるというのは知ってますが名前を知っているだけです。で、アライさんというのは実際の作品の中ではつり目で強気そうな表情なんですね。そんなアライさんがコンビニでバイトしていてツライのかタレ目になっています。アライ=ツライとかけているのでしょうね。

漫画の流れ

ざっと要約します。

1ページ目

コンビニで接客しているアライさん。語尾に「〜なのだ。」とつけてしまいます。(これはアニメの設定?)で、店長から語尾に「〜なのだ」はつけなくていいんだよ!とキツめに注意されます。「ごめんなさいなのだ」と謝るアライさん。店長「だからそれがいらないんだよ!なんでできないんだ」で、泣いちゃうアライさん。

2ページ目

また怒られてるアライさん。そこにバイト仲間のヘラジカさんが登場。店長に向かって「アライさんも一生懸命やってるんだ。大目に見てくれ」と睨みをきかせます。すごすごと退散する店長。

3ページ目

お礼を言うアライさん。対してヘラジカさんは「気にするな。自分も店長には一言いってやりたかった。それに今月でバイト辞めるし」それを聞いて悲しそうな顔になるアライさん。

4ページ目

バイトをクビになって河川敷で佇むアライさん。バイトを探したいけどまた同じ失敗をするのではと考え泣いてしまいます。そこに現れた一人の少年。アニメの主人公らしいです。かばんさんというこの少年は言います。「困難は群れで分け合え」と。

5ページ目

かばんさんは会社を立ち上げたので一緒に働こうと誘います。「自分には何もできない」と断るアライさん。かばんさんは言います「アライさんにしかできない仕事なんです。お願いします」

6ページ目

涙を拭いてつり目になって「よーし、アライさんにおまかせなのだ!」と立ち上がる。

 

ざっとこんな感じです。気になる人は探してみてください。

 ありのまま旋風

ありのままの自分を受け入れてくれない世の中はツライ。でもそれを受け入れてくれる仲間だっている。この漫画はそういう趣旨なのでしょうか。確かに世の中に認められるために自分を変えることはツライ。それを偽りの自分と感じる人もいるでしょう。そこで息苦しさ生きづらさを感じる。特にここ最近は「ありのままの自分」を大事にする人が増えている気がします。自己を肯定することも必要なことです。

コンビニ店長はなぜハゲでメガネなのか

さて、この漫画の重要登場人物。コンビニ店長です。見た目はなんか嫌味な上司って感じです。悪い役の時の小日向文世みたいな。半沢直樹の時ね。ステレオタイプっちゃステレオタイプです。2ページ目でヘラジカさんに睨まれてすごすごと退散しています。パワハラヤローだけど実は弱い。いやな上司全開です。そこに僕はすごく違和感を覚える。

働くということの意味を考えたい

さてこの漫画の主旨が「自分に合わない仕事をして消耗するのは割に合わない。だったら自分に合う仕事を探した方がいい」ということなら僕も賛同します。でも読後感としてはそんな感じを受けませんでした。むしろ「実際に働いたことのない人が理想論で書いたものだろうなー。うっすいなー。」と感じたのです。

ありのまま=努力をしない?

まずアライさんは接客で語尾に「~なのだ」をつけてしまいます。店長からはそれはこの店の接客態度としてふさわしくないから改めるように注意を受けます。しかしアライさんからは改善に向けた努力をしている様子が見られません。なので同じ間違いを何度もします。アライさんはなぜ直そうとはしないのでしょうか?

大目に見て欲しいとはどういうことか

2ページ目でヘラジカさんは店長に「アライさんも一生懸命やってるんだ。大目にみてやってくれ」と言います。なぜ大目に見る必要があるのでしょうか?僕には不思議です。逆だったらどうでしょう。店長「経営が苦しくて今月の給料払えない。一生懸命やってるんで従業員のみんなには大目に見て欲しい」どうでしょうか。は?ふざけんなハゲ!テメーサラ金でも何でも行ってカネ用意してこい!そう言うのではないでしょうか。

お金をもらう=プロフェッショナル

アライさんもバイトとはいえお金をもらっている以上プロです。キチンとした接客ができて初めて報酬を受け取ることができるのではないでしょうか。一生懸命やってるからできなくても大目に見る?そんな職場があったら僕に紹介してください。いや今は出来なくてもできるようになるための努力はするべきでしょう。例えばサッカー見に行ったとします。ろくでもないプレーの連続でとてもまともな試合ではありません。見て損した。金返せ。そんな試合です。そこで選手たちが「僕たちも一生懸命やってるんで大目に見て下さい。あと上手くなる努力はあまりしてません」と言ったらどうなるでしょうか。良くて二度と来るか。最悪ピッチ乱入の大乱闘スマッシュブラザーズでしょうね。

なぜ店長が注意をするのかの視点が欠けてる

そもそもなぜ店長はアライさんに語尾のことを注意するのでしょうか?それはとりもなおさずお店に来てくれたお客様に不快な思いをさせないためです。現実世界で店員がタメ口きいてきたり、わけのわからないキャラ設定を押し通してきたりしたら客の立場としてどう感じますかということです。店長はお客様からお金を頂いているわけですからプロとして少なくとも不快に思われないようなサービスを提供する責任があるのです。なので店長はパワハラをしているわけではなく、業務上必要な指導を行っているのに過ぎません。それを「大目にみろ」ということは裏を返せばお客様には適当なサービスをしたっていいだろ、自分のありのままの方が大事だよと言っている様なものです。それはさすがにムチャというものです。

夢と現実逃避の区別はできているか

アライさんに救いの手が差し伸べられます。仲間と会社を立ち上げた…いっしょにやろうよ!的な。「アライさんにしかできないことをお願いしたい」という中身が具体的になんなのか、アライさんにしかできないこととは何かの提示もありません。そこは読者一人ひとりに当てはめて考えてってことでしょうか。お花畑かな?と思ってしまいます。具体的なモノは何も示さず理想だけ語るさまは「THE三名様」の登場人物たちに通じるものがあります。このあたりの甘さが「もしかして働いたことないのかな?」と僕が感じる所以です。

合うか合わないか努力もせずになぜわかるのか

先にも書いた通り自分に合うことをやったほうがいいしそれを見つけるために「困難を群れで分かち合う」という方法をとることは良いでしょう。でもコンビニのバイトでは何ら自分が変わる努力をせずむしろ作品からはこんな仕事いつでもやめていいよ的な感じも受けます。本当に何の努力もせずにありのまま素のままの自分を通していいのかな。もっと言えばありのままの自分を周囲に受け入れてくれということは同じように周囲の人間のありのままを自分も受け入れなければならないのです。コンビニ店長にとってはバイトを指導してお店を成功に導くのが店長としてのありのままの姿です。でもそれに対して作品では否定的な描かれ方をしていて、アライさんのありのままだけを受け入れろというのは少々虫のよい話ではないでしょうか。

のび太だって成長している

かばんさんが提示したのは理想郷です。でも僕は理想郷に入れるのはそのための努力をした者に限られてると考えてます。何の努力もせずに理想郷に入ることは許されない。ただここでいう理想郷に入るための努力とは何も大層なものでなくていいんです。例えば人に会ったら自分から挨拶するとか。ゴミが落ちてたらひろうとか。ほんの些細なことでいい。自分にできる範囲のことでいい。ヒーローヒロインになる必要はない。少しでも自分がいい人間(偉い人間とか凄い人とかデキル人である必要はない。ただ昨日よりほんの少~しマシな人間であればいい)になろうと努めればそれでいい。のび太だってそれくらいはやってるぞ。

自己肯定感の強すぎるモンスター

この漫画には実際多くの賛同が集まっています。「良かった」とか「救われた」とか。正直言ってそういう声が多いことが少し怖いです。ありのままでいいんだよ、努力なんかしないでいいんだよ、そう主張してるような内容なので同じように考えてる人が多いのだとしたらこれからますます労働の現場は大変になるでしょう。ハッキリ言ってありのままでいるためにはありのままでいればいいんだよ、というのは大嘘です。本当にありのままでいて世間に認められている人はありのままでいるための努力を人知れずしているんだよ!と言いたい。

成功している人に話を聞くと皆同じことを言う

成功している人に成功した理由を聞くと皆判で押したように「運が良かった」「人に恵まれた」といった答えが返ってきます。これはもちろんでも謙遜もあります。 ただそれ以上に運が巡ってきたときに掴むための準備を常に怠らなかったとか人に恵まれるため普段から人に良くしていたとか絶対にどこかで頑張っています。ただ見せないだけです。成功している人でさえ努力しているのに成功していない人間が努力もせずにありのままの自分でーーというのはあまりに不遜じゃないかなと思うのですよ。ブログだってそうでしょう。多くの人から読まれるブログは絶対努力している。気がついたら読まれてた、なんてのは何万人に一人の天才に許されること。

まとめ

確かに働くことでツライ目にあうこともあるでしょう。毎日が7DAYS WAR*1ってこともあるでしょう。でも何の努力もせずに本当の自分はこんなんじゃないと何のあてもない理想を妄想するほど人生は長くない。大それたプロジェクトに参加しなくてもいい。オシャレでクリエイティブな仕事でなくてもいい。今目の前にあるちっぽけな仕事でも一生懸命にやってみようよ?それでどうしても合わなければやめればいいよ。それすらせずに「こんなクソ仕事つまんねー」というのはどうなのか。誰かがつまんねー仕事だというからつまんねー仕事なんじゃない。自分がつまんねーと思っているからつまんねー仕事になっているんだ。

ありのままっていうのは魅力的だけどそれは何もしなくていいことの言い訳に使っていい言葉じゃないんだな。

 

それではまたね!

*1:TMNの名曲。僕は今もよく聞く